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公開研究会 ポスト・クリョーヒン・スタディーズ 2026春の巻 2026年3月29日(日曜)PM 3開始 ジャズ・ブラートより、2026年3月29日(日曜)に開催予定の公開研究会「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ」のご案内です。 今回のメインは、鈴木正美先生が去年秋、現地取材したリトアニアの首都ヴィリニュスで開催された歴史あるジャズ祭、『Vilnius Jazz 2025』のレポートです。![]() 2026年3月29日(日曜日)15:00-17:30 ZOOMミーティングにて開催 お申し込み先着30名様ご招待 お申込み先は、いつものように、torojazz2018 の後に @gmail.com を添えてお送りください。 【特集】ヴィリニュス・ジャズ 2025 レポート by 鈴木正美 15:00〜17:00 >>> 1987年リトアニアの 首都ヴィリニュスにてアンタナス・ギュスティスが始めたVilnius Jazz Festivalは、ヨーロッパでも屈指の前衛音楽フェスティヴァルの1つ。2025年10月に開催された第38回のフェスティヴァルのすべてのライヴを鈴木がビデオ撮影しました。ウィリアム・パーカーやワダダ・レオ・スミス等のレジェンド、フランスの即興演奏界の重鎮フランソワ・クチュリエとドミニク・ピファレリのデュオ、ノイズ・ロックバンドの「アバカシ」、若手注目株のドミニカス・ノルクスの「フィロトピア」、マルク・デュクレとリューダス・モツクーナスをフィーチャーしたインプロヴィゼーション・オーケストラといった盛り沢山で贅沢なプログラムのハイライトを紹介します。[鈴木] ◾️その他、各種レポート 17:00〜 >>> 旧ソ連圏や東欧の音楽やアート他のシーンの動向(Disc、 書物、美術、映画他)について耳寄り情報をお持ちの方、また、報告をご希望の方。ぜひご連絡下さい。 torojazz2018 の後に @gmail.com を添えておたずねください。 #
by jazzbratblog
| 2026-03-10 18:35
| イベント告知
公開研究会「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ」開催(2025.12.21)のご案内 年の瀬も近づきました今日この頃です。 慌ただしくもこの2025年12月21日に公開研究会「ポスト・ (主催=ジャズブラート:鈴木正美 &岡島豊樹) 【開催日時】 2025年 12月 21日(日曜日 PM)15:00-18:00 ZOOM開催/先着30名様ご招待 【申込先】 torojazz2018アットgmail.com (アットを@に変えてお申し込みください:岡島) 【特集 シベリアの音風景】 15:00開始 予定 1.多田麻美さんの報告 (15:05〜) 多田麻美さんはスラバ・カロッテ(画家: なお、2026年1月 国分寺のカフェ・スロー(ギャラリーカフェ)でスラバ・ *2:2026年1月16日〜1月21日(月曜定休)http: 2.土肥理香(りかお)さんの報告 (15:40〜) ノボシビルスクに暮らし日本語教師として勤めて長いりかおさんは 【ジャズブラート報告】 1.岡島豊樹: SUPPL.「ジャズ・ミッション to USA物語」 (17:20〜) 2.鈴木正美:書籍・映像の紹介(ウラジーミル・レジツキー関連)(17:40-〜) (以上の開始時間は大体の目安です。短い休憩、情報交換も随時入ります) 【情報ご提供のお願い】 旧ソ連圏や東欧の音楽シーン関連の動向(Disc他)、 書物、美術、映画他、耳寄り情報をお持ちの方, 以上
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by jazzbratblog
| 2025-12-08 13:35
| 公開スタディーズ関係
ポストクリョーヒン・スタディーズ 2025年春色の巻(3月30日:日曜日)ZOOM開催 【特集】バルト三国の音楽; 2回シリーズの2:リトアニア ![]() 駐日リトアニア大使のオーレリウス・ジーカスさんが、今年だけでも少なくとも2回、民放大手のニュース解説番組に出て、リトアニアの最新情報を話しておられるのを拝見しました。どちらからも、強い警戒心をジーカスさんから感じました。昨年NHKでリトアニアの対ロシア防衛の状況を伝える番組を見たり、この公開研究会の特集バルト三国特集2回連載その1(エストニア、ラトヴィア)開催にあたってバルト三国とハイブリッド戦争のことを少し調べたりしたこともあり気が滅入りましたが、今年も年頭からちょっとぶり返した感じがいたします。しかし今回はその種の話はこれで切り上げてジャズのことを少し話させていただきます。 ![]() ![]() 1995 at Vilnius 1995年に鈴木正美先生、羽野昌二さんのグループと一緒にヴィリニュスへ行きました。ジャズ祭も聴きましたが、街のレコードショップや本屋さんでカセット・テープを少し買い求めたりもしました。写真のような感じです。ジャズ、フォークジャズ、ジャズ・ロック、ノイズ・ミュージック、フォーク音楽です。 この中の、スキルマンタス・サスナウスカスの『Laumių sekmės(ラウミュ・セクメス)』(英語タイトル『Witches’ Tales(魔女の物語)』付)あたりは、今も時々聴いています。 個人的な好みの話ですが、バルト三国のミュージシャンの中で常に気になる人5人の中の一人がスキルマンタス・サスナウスカス(Skirmantas Sasnauskas: b.1961)です。トロンボーン奏者、バグパイプ奏者、マルチ楽器奏者、作曲家、歌手)です。 拙著『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』(カンパニー社)でも少し触れましたが、サスナウスカスのフォークロア感とファンタジー感が溶け合った音楽世界が好きなのです。リトアニアでは、サックス奏者ピャトラス・ヴィシニャウスカス(Petras Vyšniauskas:b.1957〜)もフォークロアという性質を重視したジャズを演奏してきましたが、サウスナウスカスはなおかつフェアリーテール調の雰囲気があるところで違いが出ています。 サスナウスカスは高校生時代の1978年にジャズ演奏を始め、リトアニア音楽アカデミー在学中にはジャズ・トリオを結成し、ウラジミール・チェカシン・ビッグバンドでも演奏したとのことです。以来、伝統的なジャズ、フリージャズ、前衛的な実験音楽も手がけてきた人ですが、フォークロア音楽/民族音楽のグループとも付き合ってきました。いわゆるフォークジャズの作品の一つが、『Laumių sekmės(ラウミュ・セクメス)』(Witches’ Tales)です。語り、セリフ、伝統民謡、ジャズで織り成されています。音楽主体のラジオドラマ風、かな。1994年録音ですから、独立回復を宣言してから4年です。結構アグレッシヴな演奏、フリージャズ的なところもあります。 ![]() ![]() ラウミュ・セクメスという言葉は「幸運の妖精」という意味合いとのことですが、Fairy Talesととってもよろしいです。 パッケージに物語の筋が少し載っていますあります。「昔々、湖や丘の近くに魔女が住んでいました。魔女は邪悪な存在だと人々は信じていましたが、時には良いこともしました。魔女は迷子の子供を見つけると、絹の服を着せ、食べ物を与え、揺らして美しい歌を歌いました...」 これは、サウスナウスカスのジャズ・グループと、「ヴィドラガ」(Vydraga:カワウソの意味)という名前の民謡グループとの共演作です。この演目はリトアニア初の民族ジャズ・プロジェクトと言われています。1992年にビルシュトナス・ジャズ・フェスティバルに出演しグランプリを受賞しました。(その後2002年にCDで発売)。この中から1曲「スタルティネ(Sutartinė)」がユーチューブに上がっています。 https://www.youtube.com/watch?v=m34pE9ie3fc Skirmantas Sasnauskas (tb, folk instr, voc) with Dainius Pulauskas (keybords), Vladislav Borkovski(b,) Linas Būda (dr) + folk group "Vydraga" https://www.mic.lt/en/database/jazz/releases/207/ 「スタルティネ(ス)」はリトアニア民謡のキーワードの1つで、リトアニア北東部で最もよく保存されている、バルト海の古代ポリフォニック民謡です。 左はカセットのジャケ、右はCDになった時のジャケ サスナウスカスのカセット・アルバムは他にもあります。 『Skirmantas Sasnauskas Jazz Quartet / Lithuanian Moods』1994年 『Skirmantas Sasnauskas Jazz Quartet / Lithuanian Moods 2』1994年 2024-25 ![]() 最新のプロジェクト盤は、女性5人の民謡グループ「ウータラ(Ūtara)」との共演によるLPアルバム『Pasikileketavimai〜Chitter- chatter(放浪のうた〜ペチャクチャおしゃべり)/ Skirmantas Sasnauskas · Ūtara』(℗ 2024 Ūtara: released on: 2024-10-11) Composer: Skirmantas Sasnauskas、Lyricist: Lietuvių Liaudies 100部限定とのことですが、ユーチューブで全曲聞けます。共演動画も上がっています。 https://www.youtube.com/watch?v=G6U2E3ytA0g&list=OLAK5uy_m45Op2_usrsGKHT5PdEHPuwucFLgO7Erc&index=1 https://www.youtube.com/watch?v=0AfhquThrjM 1. 街が村に忍び寄ってきて、小さな鶏が鳴く (典型的なスタリティネのスタイル) https://www.youtube.com/watch?v=G6U2E3ytA0g&list=OLAK5uy_m45Op2_usrsGKHT5PdEHPuwucFLgO7Erc&index=1 2. 曇りの日は鳩の鳴き声が聞こえた (カンクレと歌) https://www.youtube.com/watch?v=rukfCzTF5I4&list=OLAK5uy_m45Op2_usrsGKHT5PdEHPuwucFLgO7Erc&index=2 カンクレは指で弾く小ぶりの弦楽器。エストニアのカンネル、ラトビアのクアクレ、フィンランドのカンテレと同類。冒頭のカセットの中段右端のジャケをご覧ください。 3. やあ、小さな鷹 4. 隣人は川の向こう側に住んでいます 5. 私は蜂が飛ぶように話す 6. アヒルたちは豚たちが騒々しく走っているのを見て驚いている 7. 雄ガチョウはアヒルを血の池に招待した 8. たくさんのコクマルガラスが着陸しました... ネットからこのアルバムに関する記事を拾いますと: 「このアルバムの創造性は、私たちの身近なもの、つまり鳥からインスピレーションを得ています。このアルバムの制作者の一人であるスキルマンタス・サスナウスカスは、長年にわたり、鳥の鳴き声のハーモニーと共存に魅了されてきました。この自然との活発な相互作用により、ユニークなサウンドとボーカルのハーモニーが生まれ、リトアニアのポリフォニージャンルであるスタルティネスを通じて完璧に表現されています。時には遠くから歌手の声が聞こえ、鳥のさえずりと混ざり合って不吉な予感を醸し出し、聞く人によって異なる距離感を体験します。またあるときは、まるで誰かの家に足を踏み入れたかのように感じ、なじみのある心地よい家庭の音が聞こえてきます。これらの没入感のある雰囲気は、声と技術的な芸術性の融合によって作り出されます」 「外が冬なのか春なのかもわからなくなる頃、鳥たちがまた飛び立ち始めるといいます。鳥のような「パシキレカタヴィマイ(放浪の歌)」が、スタルティネ・バンド「ウータラ」の歌手、ルータ・アラダヴィチエンによってラガイネに届けられました。リトアニアのポリフォニー、自然の音、現代の電子音楽と即興音楽を融合したこのアルバムは(中略)、古いスタルティネ、本格的なフォークソング、伝統的なカンクレ音楽、そして奔放なバードジャズと現代的な即興、リズム、エレクトロニクスを組み合わせた魅惑的な8つの作品です」 関連情報 ●現代のポピュラー音楽におけるリトアニア民謡の活用について リトアニアの民謡グループや、民謡とジャズ、ロック、現代のポップ音楽との結びつきの歴史を書いた文章(2012年発表)があります。 Post folkloras ir world music Lietuvoje (リトアニアのポストフォークロアとワールドミュージック) 著者:上記ヴィドラガを率いていたアルギルダス・クロヴァ(Algirdas Klova) https://www.radikaliai.lt/radikaliai/778-post-folkloras-ir-world-music-lietuvoje (かつて向学のためにGoogleって簡易和訳したものをメンバーの皆様に公開しました) ●リトアニア関連のディスク情報(比較的最近登場したものから) ![]() ドラマー兼プロデューサーのマリユス・アレクサのLP 『Marijus Aleksa『Solo Live in Vilnius』 Music Information Centre Lithuania MICL LP 006 2023年10月13日リリース https://marijusaleksa.bandcamp.com/album/solo-live-in-vilnius 180グラム。マリユス・アレクサは、バンドリーダー、セッションミュージシャン、ソロアーティストとして活動してきたとのこと。この盤は、6楽章構成、さまざまな打楽器を使い音のタペストリーを描いています。ドラムをさまざまな音階に調整し、楽器内のメロディーを引き出し、モジュラーシンセのスループットの効果を模倣するためにウッドブロックも使用したとのことです。 本人弁:「ドラムと打楽器を主人公、物語の語り手として再発見しなければなりませんでした。」「ドラムだけで自分の音楽の旅の物語を語りたい衝動を感じました。ドラムを特定の音階に調整したので、ビートだけでなくメロディーも聞こえ、リトアニアを含む世界各地の打楽器を使用して、このアルバムに豊かな音と文化の風景をもたらしました。」 【Music Information Centre Lithuania(MICL)について】 ![]() リトアニア音楽情報センター (MICL) は、公的機関としての法的地位を持つ非営利の NGOです。国内外でリトアニア音楽の普及を図ることを目的として、リトアニアの音楽文化に関する包括的な情報を継続的に収集、提供、配布するとともに、関連資料の発行も行っています。1997 年、現代および 20 世紀のリトアニアのクラシック作曲家による最も特徴的な作品の楽譜の出版、CD やレコードのリリースを開始しました。 ディスコグラフィーの画面を見ると、すでにたくさんのリリースの助成をしていることがわかります。 https://www.mic.lt/en/database/jazz/releases/ 例えばジャズでしたら、ダイニウス・プラウスカス、リューダス・モツクーナス、スキルマンタス・サスナウスカス、ヴィタウタス・ラブチス、バルティック・ジャズ・トリオ、上記マリユス・アレクサ、他。 MICLは、多社の盤からコンパイルした盤を作ってプロモーションに当てています。 2017年 Note Lithuania: Jazz CD + DVD[2017] 2020年 Note Jazz from Lithuania 2020 そして最新の2024年の『Note Lithuania JAZZ』promotion only。少し紹介します。 MICLのプレゼンでは、「今年のコンピレーションのモットーは、多次元的な関連性といえます。これは、極端なものではなく、現在のジャズのムードを概観したものです。実際、慣例となっているように、このコンピレーションのジャズは、ジャンル以上のものであり、ある種の考え方や創作方法なのです。それは、過激で本物であり、他のジャンル、国、影響から積極的にインスピレーションを求め、海外でさまざまな研究をした後に帰国するものです。このコレクションは、この音楽の活力を完璧に示しています。」とのこと。 この盤では、Rūta Skudienė, Vitalijus Gailius, Julijus Grickevičius, Domantas Razauskas, Radvilė Buivydienė他を実際の演奏でチェックできます。 https://www.mic.lt/en/database/jazz/note-lithuania-jazz-2024/ プラウスカスのリリカル&ロマンティック・トリオ作 サスナウスカスの『ラウミュ・セクメス』(Laumių sekmės:Witches’ Tales)にも参加していたダイニウス・プラウスカスは多産で多彩な音楽性を有していることでお馴染みです。数年前、アンタナス・ギュスティスの引率で「東京ジャズ」のために来日した時は結構アグレッシヴな現代ジャズを披露しました。 さて、その最新アルバムは、2024年発売のアクースティック・ピアノ・トリオによるとてもロマンティックな『On The Way / Dainius Pulauskas Trio』(Latga DP-14)です。ここまで耽美的なプラウスカスはかつてなかったかも? Sportifyで聴けます。 with Arman Isojan (b)、Augustas Baronas (dr)。 ![]() 少し遡りますが、プラウスカスは2018年にポーランドのクシシュトフ・コメダの著名曲でまとめた『KOMEDA』(Vilnius Jazz Records 2022 VJAS 22001 p&c 2018)を出しています。2018年のVilnius Jazz 2018ジャズ祭では、プラウスカスの「コメダ・インカーネーション」プロジェクトが主要イベントだったとのことでそれを入れたのがこのCDです。編成は自身(p)、アルマンス・イソヤナス(b)、アウグスタス・バロナス(dr)、ヴァレリ・ラモシュカス(tp)、リウタウラス・ヤヌシャイティス(ts、他によるアコースティック・グループが基本。 曲は、「アスティグマティック」「クレイジー・ガール」「チェリー」「ローズマリーの赤ちゃん」他、コメダファンにはおなじみの曲がずらり。 元ガネーリン・トリオの元メンバーの二人の2018年ライヴ盤が中国で発売 Vladimir Chekasin & Vladimir Tarasov『伟大奏鸣曲 La Grande Sonata』 旧天堂書店LOFT JAZZ SERIES - OH 020 https://oldheavenbooks.bandcamp.com/album/la-grande-sonata 2018年に中国の深圳で開催された第8回OCT-LOFTジャズフェスティバルの、ウラジミール・チェカーシンとウラジミール・タラーソフのデュエットの記録です。ユーチューブでご覧になった方もおられるでしょう。お二人とも健在。チェカーシンはもうリトアニアの森かどこかの妖怪みたいな雰囲気。ヴィリニュスの土産物屋でこんな置物を買ったことがありますが、この感じ(右の写真)。そそられます。 https://www.youtube.com/watch?v=bZit8gUpWaE CDとDVDをセットにしたイシュー(同番号)出ましたが、2枚組LPセットでも出ました。旧天堂書店(Old Heaven Books)は深圳の書店&レコード店。 ![]() なんとタラソフたち「ジョーンズ・ジョーンズ」のCDがESP-Disk’から ウラジーミル・タラーソフ(dr)、米国のラリー・オークス(ts,ss)とマーク・ドレッサー(b)のトリオ「Jones Jones」はフリージャズ/即興音楽のトリオですが、その新録音(@2020年サンディエゴのスタジオ)盤『JUST JUSTICE』(ESP-Disk’ESP5072)が登場(2022年)。なんとレーベル名は、ESP-Disk’。 https://larryochs.bandcamp.com/album/just-justice-june-2022 ESP-Disk’はバーナード・ストールマンが60年代に始めた有名なレーベルです。1992年にドイツのレコード会社ZYXが1992年にカタログのライセンスを取得し、全115タイトルをCDで再発行しました。この関係は6年間続き、その後オランダのレーベルCALIBREと短期間ライセンス契約を結び、その後イタリアの会社Abraxasとライセンス契約を結びました。2005年にESPは製造を再開しています。現在ではWebサイトから直接オンライン注文するか、iTunes、emusic、rhapsody、musicnetなどからダウンロードして聴くことができます。 http://www.espdisk.com/about_us 今回はこの辺で。 #
by jazzbratblog
| 2025-05-18 09:16
| 公開スタディーズ関係
公開研究会「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ 2025年春色の巻」開催のご案内 【特集】バルト三国の音楽; 2回シリーズの2:リトアニア 【開催日時】2025年 3月30日(日曜日)PM 15:00-17:30 ZOOM開催 先着30名様ご招待 【特集趣旨】 バルト界隈でも心乱れる動向が続いている今日ですが、軍事・防衛費だけではな く、音楽に対しても活発な世の中であって欲しいものです。 鈴木正美氏は昨年秋、リトア ニアへ飛び、国際ジャズ祭「ヴィリニュス・ジャズ」(Vilnius Jazz 2024)の 全日程を取材しました。同祭創立者・オーガナイザーであるアンタナス・ギュス ティス氏と長年懇意の鈴木氏ならではの濃密報告を予定しています。(演奏動画もたっぷり) また、ヴィリニュスとカウナスでの演奏経験がある(2014年、2018年)吉本裕美子(guitar他)さんのお話も予定しています。 【その他:情報共有】 旧ソ連圏や東欧の音楽シーンの動向(Discレビュー他)、書物、美術、映画等々も予定。 [耳寄り情報をお持ちの方,報告ご希望の方,ご連絡ください] 【申込先】 参加ご希望の時は、 torojazz2018アットgmail.com (アットを@に変えて岡島宛てお申し込みください)。また、当日、音楽、書物、美術、映画等々、耳寄り情報の報告をご希望の方はその旨、お申し込みいただだけましたら幸甚です。 ☆補足:関連資料☆ ラトヴィアのジャズ史概観およびバルト三国における社会状況 公開研究会「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ」(ジャズブラート企画)では、近年注視すべき動向が続いているバルト三国(北からエストニア、ラトヴィア、リトアニア)において、音楽状況はどうなのかに注目し、2回連載を企画し、まず、「2024年盛夏の巻」(8月24日開催)ではその1としてエストニアとラトヴィアに注目しました。内容としては、国際的な活動を繰り広げエストニアも訪れている音楽家ASUNA嵐氏の実地見聞に基づく報告、鈴木正美氏(新潟大学教授)によるライモンズ・パウルス評伝を二大支柱として開催されました。そこに添えて、当ブログ運営者は「ラトヴィアのジャズ史とその時代的・社会的背景」として、バルト三国における国防状況・歴史認識を探る手がかりとなるかもしれない情報ソースを若干紹介した上で、ラトヴィアのジャズ史を概観しましたので、ここではその中から、ラトヴィアのジャズ史の部分から抄録的に紹介します。ちなみに、エストニアのジャズ史については、かつて『JAZZ PERSPECTIVE』Vol.16(2018年5月発行)に寄稿したので(「エストニア・ジャズの100年史」)ご参照いただくことができましたら幸いです。 「ラトヴィアのジャズ史とその時代的・社会的背景」より抄録 当スタディーズ「2024年春の巻」で、ロシアがモルドヴァにハイブリッド戦を仕掛けているとの報道が多いことをお知らせしました。ロシア語話者が多いラトヴィア(国民の25パーセント以上はロシア系との情報あり)ゆえ、ラトヴィアにも仕掛けたという見方もあります。ネット上で、ハイブリッド戦の進展の具合に関してネット上では様々な情報が交錯していて、拙者はなかなか焦点を絞ることができないでいます。一方、ラトヴィアのジャズ界は、2020年代に入ってからも萎れるような気配は見られません。それどころか、少なくともネット上ではジャズの賑わいが高まってきている印象を受けます。この2つの状況は今後どう変容して行くのでしょうか。過去、国際情勢やロシア情勢の推移がラトヴィアにおけるジャズ受容の拡充に何らかの変化をおよぼしたかどうかを辿り、とりあえず今の現状を読む資料にできればと思い、文献資料、音源を共有することにしました。 (構成:①ラトヴィアとロシア/ソ連の関係史 ②バルト三国の国防に関するデータ ③ラトヴィアのロシア語話者に関する情報 ④ラトヴィアのジャズ史概説 ⑤21世に出た音盤の紹介) ①ラトヴィアとロシア/ソ連の関係史年表(外務省データ他を元に作成) 1282年:リガがハンザ同盟(北海およびバルト海沿岸地域の貿易を掌握しヨーロッパ北部の経済圏を支配した都市同盟)に加盟。 1583年:リトアニア・ポーランド領となる。 1629年:スウェーデン・ポーランド戦争の結果、リーフラント(スウェーデン領)とクールラント(ポーランド領)に分裂。1730年双方は事実上ロシア帝国の支配下に入る。 1721年:北方戦争の結果、大部分がロシア領、残りはポーランド領となる。 1795年:第3次ポーランド分割により全土がロシア領となる。 1918年11月18日:第一次世界大戦後、ロシア帝国から独立を宣言(ラトヴィア第一共和国)。 1920年:ロシア革命で成立したロシア・ソビエト連邦社会主義共和国(ソ連の前身)と1920年にラトヴィアと平和条約締結。しかし、ソ連はナチス・ドイツとの密約に基づき東欧や北欧への侵略を進め、1940年にバルト諸国占領。 1940年8月5日 :ソ連に併合され、ラトヴィア・ソビエト社会主義共和国となる。 1941年: 独ソ戦により、全域がナチス・ドイツの軍政下に入る。 1944年:大戦末期、ソ連が再占領。ラトヴィア・ソビエト社会主義共和国が復活。 1945年:翌年ドイツ降伏。 1990年5月4日:ラトヴィア共和国がソ連から法的 (de jure) 独立を宣言。 1991年8月21日:ラトヴィア共和国最高会議による完全独立宣言。諸外国からの国家承認がなされ、事実上の独立を達成。 1991年9月6日:ソ連がラトヴィア(およびエストニア、リトアニアのバルト三国)独立を承認。日本国政府は翌1991年9月6日に国家承認し、同年10月10日外交関係樹立。 1993年:駐留ロシア軍の撤退完了 2004年3月29日:北大西洋条約機構(NATO)加盟。 2004年5月1日: 欧州連合(EU)加盟。 2007年4月27日:隣国エストニアでロシア系住民による暴動発生(青銅の夜)。 2014年:通貨ユーロ導入。 2016年:経済協力開発機構(OECD)加盟。 2018年10月6日:議会総選挙で親ロシア派政党「調和(Harmony)」が第1党となった。同党は過去3回の総選挙でも第1党となったが連立交渉の段階で他党に拒まれ、政権入りしたことはない。今回も、ロシアの政権与党「統一ロシア」との同盟関係を理由に他の政党からの協力を得られず連立政権組めず。 2020年:ロシア語公用化を問う国民投票が行われたが圧倒的多数で否決された。 2022年: 議会総選挙で親ロシア派政党「調和」が大きく後退。 ②バルト三国の国防やハイブリッド戦に関するデータ:抄録 ラトヴィアのカリンシュ外相の発言(2024年)からは強い危機感が伝わります。国内に分断を起こすような偽情報を積極的に拡大してきたと強調し、ウクライナ侵攻以降、ロシアのテレビ局のプロパガンダ放送を禁止するなど対抗策を強化してきたとのこと。また、かつて徴兵制を終了したラトヴィアでしたが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、2023年4月の法改正により18歳から27歳までの全てのラトヴィア人(女性は任意)を対象とする徴兵制を再導入しました。 エストニアは、2007年に世界で初めての大規模なサイバー攻撃を受けた経験を踏まえ(2007年4月27日「青銅の夜」の頃)、サイバー防衛の重要性を世界に訴え、2008年にエストニア側のイニシアティブによりタリンにNATOサイバー防衛協力センターが設立されました。2014年に入り、ウクライナ情勢の深刻化を受けて、エストニア国内からのNATOバルト領空監視ミッションの開始及び米陸軍空挺旅団の派遣など、陸・海・空の防衛体制が強化された。2016年7月のワルシャワにおけるNATO首脳会合で、2017年から英国軍を中心とする700~1200人のNATOの部隊駐留が決定され、また、NATO加盟国の航空部隊が展開しています。 リトアニアは、2008年9月に徴兵制を廃止しましたが、2015年5月に再開しています。ロシアによるウクライナ侵攻を受け2027年には年間徴兵者数を3,800人から5,000人に増やす等兵役の拡充を推進している他、予備役の人数も2030年までに47,000人まで増加させる計画があるとのことです。 ③ラトヴィアのロシア語話者に関する情報 【人種構成】 ▶︎ラトヴィア(2021年現在 Wiki) 62.7% ラトヴィア人 24.4% ロシア人 3.1% ベラルーシ人 2.2% ウクライナ人 2.0% ポーランド人 1.1% リトアニア人 (首都リガでは、ラトヴィア人46.33%、ロシア人40.21%、他) ▶︎エストニア(2011年現在 wiki) 69.7%エストニア人 25.2% ロシア人 1.7% ウクライナ人 1.0% ベラルーシ人 0.6% フィンランド人 3.8% その他 ▶︎リトアニア(2021年実施の国勢調査による wiki) 84.6% リトアニア人 6.5% ポーランド人 5.0% ロシア人 1.0% ベラルーシ人 1.1% その他 ④ラトヴィアのジャズ史概説と音源 ソ連時代から2020年代に入ったあたりまでのラトヴィアのジャズ史を、同国のジャズ史研究者INDRIKIS VEITNERS氏が「History of European Jazz」(2018年出版)に寄稿した文章からの抜粋を叩き台・軸にして、米国のS. FREDERICK STARR氏著「Red & Hot. The Fate of Jazz in the Soviet Union」(増補版1994年出版)の記述、その他からも拾い、編年体に構成しました。 ●事始め 1920年代 1922年頃、イギリスかドイツから、新聞経由でジャズのことが伝わったそうです。ジャズが注目されてきたことを示す記事、広告が出てくるのは1925年頃からでした。 1926年に「jazz band」という言葉が使われるようになりましたが、この頃は「jazz」は名のみで、サロンオーケストラが実体だったとのこと。しかしその頃からフォックストロット、チャールストンなどを踊る伴奏オーケストラが急増。sax, trumpet, banjo, drums, violin, piano, bassなどによる6〜7人編成が標準。エキゾティシズムとアメリカニズムを強調した写真が残っています。 1929年、「The Jazz Singer」他の映画公開。 ●1930年代 30年代初期を象徴するのが、The Symphonic Jazz Orchestra La-Si-Doです。米国帰りのJANIS VITOLINS(comp, arr)が、ガーシュウィン「Rhapsody in Blue」他を取り上げたとのこと。写真では、弦セクションが多く、ピアノ、サックスセクションも含まれています。一般の注目度が高まるのとは裏腹に、高名な音楽批評家たちから嫌われたとのこと。 1931年:ラトヴィアのレコード会社が初登場(Bellaccord Electro)。ジャズ楽団も録音。その最初の盤は、Y.M.C.Aという楽団による「Wheezy Anna」(Snaci Minna)。 1930年代後半には、欧米諸国と同じようにスウィング大流行。 30年代後期ではDZEKS MIHALICKIS(ピアノ)率いるBara Trio(Bar Trio)が著名(録音も残しました)。 ●1940〜41年:ソ連占領下 1940年7月21日、ラトヴィア・ソビエト社会主義共和国となり、8月5日にソ連に編入されます。混乱の時代の到来です。戦前の音楽家は窮地に。Bellaccord Electroは国営化。楽団のレパートリーは検閲下におかれました。 ●1941〜44年:ドイツ軍政下 戦前の文化、娯楽も蹂躙されました。ユダヤ人大虐殺には、戦前にはジャズ演奏家にかなり多かったユダヤ人も含まれました。占領下でジャズは禁止ということになっていましたが、いくつかのスウィング楽団の演奏は許されていました。ただしドイツの楽団がその大半です。 ●1945〜1953年:ソ連の再占領(ラトヴィア・ソビエト社会主義共和国の復活)からスターリン批判まで 大戦後、ベテラン音楽家によりジャズの復興が手がけられましたが手薄でした(関連*)。ロシアから多数の音楽家が流入。例えば、レニングラードから指揮者・作曲家Lew Tokarevがリガに来て、Radio Light Music Orchestraを創設。 1948年、ソ連のジャズ批判にならいラトヴィアでもフォルマリスト(音楽家、芸術家)は批判され、ジャズは禁止になりました。 (*:リトアニアではジャズ・ミュージシャンの大半を占めていたユダヤ人のほぼ全員が失われたと伝わります。エストニアはリトアニア、ラトヴィアと比べればホロコーストの被害は少なくジャズ復興も比較的スムーズだった様子ですが1948年に急転直下) ●1953年:スターリン死去後 「House of Culture」の枠組みで文化統制が行われました。末端では、クラブ活動の枠で音楽会、舞踊会を実施し、若者のための音楽学校を設け、楽団も多数創設されました。ただし、レパートリーは厳しく規制され、ジャズは禁止でした。しかし、“騙し”は頻繁に行われ、ジャズが絶えることはありませんでした。その点では、IVARS MAZURS(ピアノ)が率いたRiga Electromechanic Plants’s Clubの楽団が有名です。 ●1956年スターリン批判後 1956年、Latvian Radio Sextet結成。これは放送のために結成された、ラトヴィアで最初のプロのジャズ・アンサンブルです。レパートリーは、ベニー・グッドマン・セクステットのものが主。メンバーには、RAIMONDS PAULS(ピアノ:ライモンズ・パウルス)、EGILS SVARCS(ベース)他。パウルスはLatvian Radioに多くの録音を残しています。 1957年、モスクワで開催された第6回世界青年祭に出演したリガ音楽院卒のVADIM VYADRO(テナーサックス他:ヴァディム・ヴャドロ)は、十二音技法を使ったジャズ演奏をして驚嘆されました。のちに渡米。 Hermann Szobel(piano)の『Szobel』(1976)でヴャドロの演奏が聴けます。 https://edwarddlynchfuneralhome.com/tribute/details/311/Vadim-Vyadro/obituary.html https://www.discogs.com/master/255112-Hermann-Szobel-Szobel 1958年、ラトヴィア楽友会の後援により、Riga Estrada Orchestra(REO)創設。1974年まで存続し、同国トップランクのジャズ・ミュージシャンが去来。最初のリーダーはEGILS SVARCS(ベース)。REOは、2代目リーダーのライモンズ・パウルス(1960年代中期以降)の間に、全ソ連にその名が知られるようになり、1967年にはプラハ・ジャズ祭出演。F.STARR氏によれば、パウルスは、カンサスシティ・スタイルのスウィングの中にフリージャズを入れ込んだアレンジも手がけたということです。メロディヤ盤にそれらしい演奏があったように思います。 (パウルスについては別途、鈴木先生より詳しくご紹介がありました) ●1960年代 2017年に創業したJersika(イェルシカ)レーベルから、R.パウルスの1965/66年の録音を入れたLP盤『The Lost Latvian Radio Studio Sessions 1965/1966』(Jersika Records JRA 013)が発売されました(ディスクユニオンさんが輸入販売)。ジャズ・ピアニストとしてはエロール・ガーナーを叩き台にしたと言われるパウルスですが、この盤では、セロニアス・モンクに近づき、さらにアブストラクト化しているように感じられる演奏も入っています。 https://www.youtube.com/watch?v=98CASiHnoiY ちなみに、2023年にJersikaから出た「KIKOK 1962 I LATVIJAS PIRMAIS DŽEZA FESTIVĀLS(KIKOK 1962 ラトヴィア初のジャズフェスティヴァル)」と題した記録映画は誠に興味深い内容です。同社の説明ではこれは、1962年12月18日リガのジャズシーン全体が一晩ムクサラ(Mūkusala)通りに集まったラトヴィア初のジャズ・フェスティヴァル<KIKOK 1962>についてのドキュメンタリー映画です。フェスティヴァルの参加者、主催者、目撃者のミュージシャンたち(パウルスも含まれます)が参加し、思い出を共有するほか、ジャズ音楽史家インドリイス・ヴェイトナース教授も参加しています。音楽評論家で歴史家のミクス・ソロヴェイズが脚本を担当し、イェルシカの創設者でプロデューサー兼DJのマレク・アメリクス氏が監督。プロデュースを担当。 https://www.youtube.com/watch?v=d6EijIP7eqU イェルシカは、現代と過去の両面からラトヴィアのジャズをリアルに浮かび上がらせているレーベルとして注目が続いています。イェルシカの録音のほとんどは完全にアナログで、ライヴでリール・ツー・リールでテープに録音され、直接ラッカーにカットされていますが、デジタル領域を経由したものでも、サウンドの温かみを保つために慎重にマスタリングされています。充実したホームページがあります。レーベルの発売状況を概観する意味ではbandcampも便利です。 https://jersikarecords.bandcamp.com 1966年、ジャズに造詣が深い作編曲家RINGOLDS ORE(リンゴルズ・オーレ)がThe Orchestra of Light Music and Novelty of the Latvian Radioを創設、最初のリーダーをつとめました(その後「ラトヴィア・テレビ・ラジオ・バラエティ・オーケストラ」と改名)。1968年リンゴルズ・オーレ死去後、2代目リーダーとなったALNIS ZAKIS(アルニス・ザキス:ヴァイオリン、編曲)は、以後1980年代まで同国のポピュラー音楽の振興に貢献したと評されています。されました。アルニス・ザキスの後、グナル・ローゼンベルグス(GUNARS ROZENBERGS)、ライモンズ・パウルスが指揮をとりました。1996年解散。しかし、2012 年にThe Latvian Radio Big Band 名で復活し、コンサート・エージェンシー「Latvijas Koncerti」傘下で運営されています。 ●60年代〜70年代の重要ミュージシャン VITALY DOLGOV:サックス、アレンジャー。60年代にREOで活躍したのち、ロシアでオレク・ルンドストレーム楽団やエディ・ロズネル楽団にも貢献。1999年にはイーゴリ・ブートマン・オーケストラの旗揚げを画策し、メンバーともなっています。 VALENTINA BUTANE:歌手。 AINO BALINA:歌手。 ZIGUDS REZEVSKIS:ドラマー。 AIVARS KRUMINS:トランペッター。 ZIGURDS LINDE:トランペッター。 ULDIS STABULNIEKS: ピアニスト、コンポーザー。1973年モナコ国際コンペで優勝。 RAIMONDS RAUBISKO:テナーサックス奏者。全ソ連有数のジャズマン。メロディヤ盤でおなじみ。今ではその息子さんが同楽器で活躍中(Jersikaに録音あるかもしれない)。ラウビシュコの評伝(Jazz in 制作)がネットにアップされています。本人や他の重要ミュージシャンへのインタヴューに基づいていますし、少年期の社会背景から音楽界、ジャズ界のことまで述べられていて、ラトヴィアおよびソ連ジャズ界の歴史を理解する上でも重要な文献と言えます。 https://jazzin.lv/issues/i-11/raimonds-raubisko-latvian-jazz-legend-undeservedly-forgotten/ IVARS VOGNERS:ピアニスト、コンポーザー。 ZVAIGZNITE :ULDIS STABULNIEKS(ピアノ)、GUNARS ROZENBERGS(トランペット、作編曲)、VALDIS EGLITIS(ベース)、DZINTARS BEKERIS(ドラムス)によるカルテット。1967年タリン・ジャズ祭に出演し、ラトヴィア民謡をポストバップ〜フリージャズで演奏して話題になりました(メロディヤ盤に収録されず)。それによりGUNARS ROZENBERGSはラトヴィアで最も進んだ作編曲家と見なされるようになって行きました。 ●1970年代の主要ミュージシャンの動向 GUNARS ROZENBERGS:The Orchestra of Light Music and Novelty of the Latvian Radioのリーダーを務め、70年代、80年代と作編曲で腕を振るい全ソ連有数の存在に引き上げました。 2R+2B:GUNARS ROZENBERGS(トランペット/フリューゲルホーン)、RAIMONDS RAUBISKO(テナーサックス)、BORIS BANNIKH(ベース)、VLADIMIR BOLDIEV(ドラムス)のカルテットで、ポストバップ〜フリージャズ寄り。 VADIM VYADRO:サックス奏者。フリージャズ推進。米国へ移住。 EGILS STRAUME:サックス奏者。メロディヤ盤でおなじみ。 LEONID NIDBALSY:Riga Jazz Club楽団のリーダー。リガのジャズ愛好者を集めて多数のジャズ・イヴェントを全国で企画開催。ジャズカフェ「Allegro」(1971-91)でのイヴェントが著名。このLEONID NIDBALSY が制作したフィルム「Jazz in Latvia 1971-1991:Golden Years」他が現在、ユーチューブにアップされています(4本分割)。ローゼンベルグス、ラウビシュコ、さらにヴャドロの姿もあります。ソ連時代のラトヴィアのジャズを研究するためには必見です。 https://www.youtube.com/watch?v=QoAsgVROBuo https://www.youtube.com/watch?v=pW3-lxYBPVo https://www.youtube.com/watch?v=aagCr6REvZg&t=49s https://www.youtube.com/watch?v=NoyUuUFIvRE https://www.youtube.com/watch?v=6tUQvTA26H0 1976年、ジャズ祭Rigas Ritmi(Riga Rhythms)が始まりました。以後、1994年まで継続。 ![]() スターリンが死去(1953年)した後も政府のジャズに対する方針は相変わらず抑圧的でした。それはジャズ・レコードの発売の少なさにも現れています。1961〜91年にメロディヤ社から出たジャズ盤はわずか6タイトル(インドリイス・ヴェイトナース教授調べ)。ちなみに同時期のリトアニアでは39タイトル発売(同じく)。 各盤の内容については拙著『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』(カンパニー社)で紹介しました。ここではそこから一言つまんで添えておきます。 ![]() ・REO(Riga Estrada Orchestra)『Songs by Raimonds Pauls』33D-025939-40;1969発売 パウルスが1965〜69年に作曲した曲集。当時の人気歌手が歌っています。注目曲は「バルト海」。 ・REO 『Džeza ritmā(In The Rhythm of Jazz)』33M02045-46;1970発売 これもパウルス時代。リーダーのオリジナル曲中心。バップ、ファンキー・ジャズ、ジャズロック、ちょいフリー。B面ラストにギル・エヴァンスの「Nevada」。 https://www.youtube.com/watch?v=T02VtE98VjM&list=OLAK5uy_mI_hGEzr7XgOhV9Mo8AdJgZjJTuD8Zel0 ・EGILS STRAUME 『FIESTA』S60-10237-8;1977発売 ジャズの自由さ、偶然性とポップな親しみやすさを同居させたフュージョン系ジャズ。 https://www.youtube.com/watch?v=cy9ybEGaZKA ・GUNARS ROZENBERGS『LAURA』S60-11229-30;1979発売 ローゼンベルグス作編曲集。フュージョン、ファンク、ディスコのアレンジの上をリーダーがフリューゲルで飛翔。 https://www.youtube.com/watch?v=9iBcNo993gc ・RAIMONDS RAUBISKO『IMAGES OF ANCIENT EGYPT』S60-20651-000;1984発売 放送ビッグバンドで活躍したテナー、ライビシュコのスポンティニアスなジャズ。ピアノレス・トリオ https://www.youtube.com/watch?v=JrvtVnrNGOs&list=RDJrvtVnrNGOs&start_radio=1&rv=JrvtVnrNGOs&t=0 ・IVARS GALENIEKS『TRANS-SIBERIAN EXPESS』S60-27669-007;1988発売 上記ラウビシュコ盤で好演を披露したイヴァルス・ガレニエクス(ベース)の佳盤。レニングラードのアナトーリー・ヴァピーロフ(sax)参加のカルテットによるポストバップ〜モーダルジャズ。 https://www.youtube.com/watch?v=_h9sthsJ3I ちなみに、当時のラトヴィアのジャズミュージシャンにとって、リガよりも、レニングラードやモスクワの方がリベラルだったそうです。 また、ジャズに対し抑圧的な国内状況では、ジャズの演奏場所もジャズ教育の機会も増えにくかったようです。ジャズを心底愛して追求したい者の国外流出が多く、特に60年代末から70 年代半ばにかけて出国した例が多かったとのことです。ヴァディム・ヴャドロもその一人です。F. STARR氏は、1971年から80年の間に、ソ連から名のあるミュージシャンだけでも60人以上脱国したと記しています(ロシアからはROMAN KUNSMAN、VLAD SERMAKASHEV、VALERY PONOMAREV他)。 ペレストロイカが始まってからでも、隣国のリトアニアやエストニアと比べるとラトヴィアでジャズがあまり盛り上がった様子がないのは、そういう抑圧的な状況が強く長かったことが影響しているのかもしれません。 80年代のメロディヤのジャズ盤を集めると感じるのですが、リトアニア盤やエストニア盤では明らかにフォルクロール(民謡、舞踊曲)を題材にしたジャズ演奏を主張する盤が出ていましたが(例えばリトアニアではピャトラス・ヴィシニャウスカス、エストニアではトゥヌ・ナイソーオやレンビット・サールサル)、ラトヴィア盤で指摘するのは難しいです。どう聴いても「民謡」「民族音楽」と呼びたくなるような曲調をあげにくいからですが、当事者、ラトヴィア人にはそう聴こえていた可能性は否定できません。ただし、特定オーディエンス対象の小規模ライヴ(賛同者、支持者などのための)ではある程度手がけられていたはずです。きっと何らかの録音はあるでしょうから、今後の発掘に期待しています。 ●1991年以降(独立宣言以後) 1994年、ジャズカフェAllegro閉店。サマージャズ祭Vasaras Ritmi終了。 1996年、Radio Big Band(REO)解体。以後18年間、正規の放送ビッグバンドは組織されませんでした。しかし、徐々に新しいジャズカフェやジャズ祭が始まり、今ではジャズクラブはたくさんリガにあり、日替わりで別のクラブでライヴを楽しむことができます。 1997年:ジャズ教育面の状況好転の変化が見える中、ドラマーのためのサマーキャンプとしてSaulkrasti Jazzが始まりました。これは拡充しサマージャズ祭となり定着。 2001年:Rigas Ritmi Festivalが新たに発足。かつてLatvia Radio Big BandのメンバーだったMARIS BREZKALNS(ドラマー)が手がけました。内容拡充しながら今日に。 2008年:国際ジャズイベント「Balticness」が、バルトとノルディックの諸国で開催(11コンサート)。その模様の一部はCD『Balticness』として発売されました。 2012年:ようやく新しい放送ビッグバンドが結成されました。 ●新世代ミュージシャン(インドリイス・ヴェイトナース教授選) NIC GOTHAM: sax and comp。カナダ出身。 DJ MONSTRA: 上記NICと組んでNiMo。 DENISS PASKEVICS:sax, ARTIS ORUBS drum, STANISLAVS JUDINS bass。フリージャズ・トリオ。 JOLANTA GULBE:vocal。上記DENISの妻。 INGA BERZINA:Vocal。 ⑤21世に出た音盤の紹介 ●インガ・ベルジニャ(vocal)のアルバム『言葉にできない言葉』(Musika Baltika MBR003; 2013) ![]() ジャズ・ヴォーカリスト、教育者のインガ・ベルジニャ(Inga Bērziņa, vocal)が2013年に発表したアルバム『Neizteiktie vārdi(言葉にできない言葉)』に少し触れたいと思います。 インガはグネーシン・ロシア音楽アカデミー出身者ですが(1991年卒業)、ラトヴィア大学教育学部でも学び心理学芸術学科博士号を取得しています(2010年)。アメリカ人歌手ジャネット・ローソンに師事し、ニューヨークのニュースクール大学で経験を積み、バルト諸国、フィンランド、ノルウェー、ポーランド、ドイツ、オーストリア、スペイン、ロシア、ベラルーシ、米国で公演しつつ、ジャズ教育学の研究者として数多くの会議に参加してきました。 このアルバムは、パウルス、オール、ヴィネグルス他、ソ連時代の自国ラトヴィアでジャズに関して重要な貢献をしたミュージシャン、作編曲家たちの曲集です。彼らに対する敬意と感謝のしるしとして作ったものとのことです。熟成感があるロマンティックなサウンドに仕上がっています。スウィング、バップ、初期ハードバップあたりのアレンジです。 全曲あげておきます。 1. Atceries Mani Vēl: Lyrics by A. Krūklis, Music by R. Pauls 2. Reiz Nāksi tu: Lyrics by A. Krūklis, Music by. Pauls 3. Aizsnigusi Taka: Lyrics by L. Vāczemnieks, Music by I. Birkāns 4. Neizteiktie Vārdi: Lyrics by – V. Grenkovs, Music by – U. Stabulnieks 表題曲 5. Tikai Tev: Lyrics by A. Krūklis, Music by I. Vīgner 6. Pie Ezera, Lyrics by A. Krūklis, Music by R. Ore 7. Vasara Aiziet: Lyrics by A. Krūklis, Music by I. Vīgners 8. Pavasara Dziesmiņa: Lyrics by A. Krūklis, Music by R. Ore 9. Saules Dimanti: Lyrics by A. Krūklis, Music by A. Zaķis 多くの曲の歌詞は、詩人・翻訳家としてラトヴィア人に愛されたアルフレッド・クルクリス(1921-2003)の作品です。スターリンの死後の1953年、詩集『祖国の春』発表。ラトビアSSRラジオ・テレビ委員会の文学ドラマ番組編集部に勤務し(1956年から1969年)つつ、数冊の詩集を出版しました。クルクリスの歌詞で多くのソロ曲、ポップス曲、合唱曲が作曲され、その多くは人々の間で人気を博したとのことです。 ソ連時代のバルト三国では、母国語による「民謡」「歌謡曲」「民族舞踊」などは抑圧されてきました。それはペレストロイカが進んでもあまり好転することはありませんでした。それでも歌い、踊りました。ジャズにおいても、リトアニアやエストニアに顕著だったように、民族本来の文化をアイデンティティとする曲・演奏がいくつか生まれレコード(メロディ盤)にもなっています。80年代末期に、民族本来の歌と踊りを愛する心はソ連中央の抑圧的な姿勢に対抗する意思の表明を伴い独立運動となって一気に高まり、人間の鎖(1989年バルトの道)が生まれる大きな要因にもなったと言われています。そういう時代に育ち成長したインガさんは、選曲については非常にこだわったと思います。なので、この収録曲の出自や歌詞について詳しく調べたいのですが、あいにく未着手です。 同じ思いをいただかれた人のために、参考文献を一つ挙げておきます。 ジャズミュージック.lv:ジャズ、即興、そして創造的で実験的な音楽コミュニティ. インガ・ベルジニャのアルバム「Unspoken Words」2013 http://www.jazzmusic.lv/2013/09/03/ingas-berzinas-albums-neizteiktie-vardi-2013/ ●リーヴァ・ドゥンペ(Līva Dumpe:vocal, piano, synth)の「妥協」 ![]() 現代のラトヴィアのジャズ・シーンをチェックする上で重要なイェルシカのコンピレーション『Various Artists : LIVE AT THE M/DARBNĪCA vol.1 JAZZ IN RIGA』(Jersika :2022 / 2023:2023年11月24日リリース)収録曲はどれも興味深いですが、拙者としては特にLĪVA DUMPE SEXTETの「Compromise」に刺激されました。リーヴァ・ドゥンペはラトヴィアの音楽一家に生まれた女性です。早くからピアノ演奏、歌唱、作詞作曲を通じて表現するようになりました。8 年以上クラシック・ピアノを学んだ後、リガ大聖堂の合唱学校で高校教育を続けつつ、ジャズ・ヴォーカリストとしてビッグバンドとコラボレーションし、国際ジャズ・コンクールのRiga Jazz Stage 2016 他で注目されました。2016年オランダに移住しアムステルダム音楽院で学び首席で卒業。今もアムステルダムを拠点としている様子です。フリー、アヴァンギャルドがお好きな方によりマッチする音楽性の持ち主と言えるかもしれません。この曲は彼女自身のアルバム『望遠鏡(Tālskatis)』(2024年6月21日リリース )にも収録されています。 https://livadumpe.bandcamp.com/track/compromiseLīva Dumpe(vocal, piano, synth) リーヴァ自身が作詞作曲し歌っています。「妥協」と言われると歌詞も気になりますので、さささっとGoogleに訳してもらいました。 「Compromise」訳詞(Google): 誰か私と一緒に住める? それは私が決めることじゃない。 それは私と一緒に住むと決めた人が決めること。 私には無理。 妥協する? 妥協って何? 何のために妥協するの? 何のために妥協するの? 妥協する? 何のために! 妥協する。妥協って何? バカな。 男が私の人生に入ってきて、私は妥協しなくちゃいけないの? もう一度考え直して。 男が私の人生に入ってきて、私は妥協しなくちゃいけないの? 何のために? 何のために? 何のために? 関係は獲得しなくちゃいけない関係。 妥協するべきではない。 そして私は関係が大好き。 関係は素晴らしい、すばらしい、素晴らしいと思う。 恋に落ちることほど美しいものはこの世にないと思う でも正しい理由で恋に落ちること。 正しい目的で恋に落ちること。 恋に落ちること。 恋に落ちること。恋に落ちるとき… 妥協する余地などあるんだろうか? 分析的に考えてみると、そうだと思う。 うん。 私は自分自身に恋に落ちる。 そして、誰かにそれを分かち合ってほしい。 誰かに私を、私と分かち合ってほしいのです。 (原文に当たってください) ●他のコンピレーションから SKANIの『Jazz in Latvia 2020』(LMIC/SKANI 081) https://www.youtube.com/watch?v=Sk4Y0F18gto 地元の詩人による英語とラトビア語のオリジナル歌詞のヴォーカル・ジャズ、伝統的なスタイルのものからモダン、アヴァンギャルド、さらにファンクとヒップホップの融合までが含まれます。 ちなみに翌年出た『Jazz In Latvia 2021』(LMIC/SKANI 121)は2枚組で。こちらの盤の方が、より多彩な楽曲、演奏スタイルが入っています。ここにはライモンズ・パウルスが作曲した「百万本のバラ」が原題「Dāvāja Māriņa(マーラが与えた人生)」で収録されています。その演奏は、Jelgavas Big Band。非常に力強い演奏です。単に、曲自体、ちょっと似た部分があるからでしょうか、ソリストの一人はジェフスキー「The People United Will Never Be Defeated(不屈の民)」になだれ込みかけたような?!(気のせい?) とりあえずのむすび バルト諸国におけるロシア語系住民が、ロシアのウクライナ侵攻やハイブリッド戦に対してどのような気持ちを抱いているのか、また、そもそもソ連が解体後、バルト社会の変容、混在していた住民たちのアイデンティティの変容は如何ようだったのか。こうしたことについて知る手がかりを見つけたいのですが、満たされていません。複雑な様相を呈していると思わざるを得ませんが、本当のことを見定めるためには、注視を怠ることこととはできません。三国のうちではロシア人比が一番小さいリトアニでは、他ならぬジャズの関係で、60年代後期から80年代後期まで、常にリトアニアのジャズを牽引してきた存在だったガネーリン・トリオのお三方、ガネーリン、タラーソフ、チェカーシンは三人ともロシアからリトアニアの人たちです。彼らを慕うリトアニアのネイティヴの若いジャズ・ミュージシャンは多いと聞いています。おかしな分断が生じることがありませんように。 (Toyoki Okajima) #
by jazzbratblog
| 2025-03-19 16:56
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