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『Mikhail (Misha) Alperin/Autoportrait』 Melodiya C60 26915 008(12inch LP) Mikhail (Misha) Alperin: piano, melodica, vocal: recorded in 1987 side A: 1. Moldovan suite 2. Jewish song side B: 1. Polika 2. Autoportrait 3. Little piece 4. Jazz massage ECMからアルバムをたくさん発表しているミーシャ・アルペリンのディスコグラフィー類は、たいてい1987年のソロ・アルバム『自画像』から始まっている。これはソ連時代、アルペリンがそれまで暮らしていたモルドヴァからモスクワに越してきて4年後に作った初LPアルバムである。実はモルドヴァ時代にどんな演奏をしていたかもメロディヤはLPに刻んでいる。1982年の実況録音LP『第8回モスクワ・ジャズ音楽祭』である。この2種類のLPには、近年のアルペリンの録音物には聴けないタイプの演奏が刻まれている。黙って放っておいて、歴史の闇の中に消失してしまうのはあまりにも惜しいソ連ジャズ史上の特大名盤である。少しレヴューさせていたきたい。 1982年のLPではモルドヴァのジャズ・トリオ「クヴァルタ」(サックス、ピアノ、ベース)の一員として2曲、ソロ・ピアノで1曲聴ける。クヴァルタの1曲はモルドヴァ民謡に基づくフリーフォームのインタープレイの中に、軽快なバルカン系の舞踊(ホロ系)の音楽を想起させる音楽を挟んでいる。リーダーのセミョン・シルマンのテナー・サックスやアルペリンのピアノには、北はカルパチアとかヴォイヴォディア辺りから南はギリシャ、地中海方面までが足早の走馬灯のように脳裏に浮かんできてクラクラさせられる。 アルペリンのソロ・ピアノ・トラックにもクラクラだ。おや? 銀の時代のピアノ曲か? しかし確信する間もなく、一瞬のぞいたブルガリア調らしきメロディに気をとられたすぐ後、ビーバップとファッツ・ウォーラー風ニューヨーク・スタイルとセシル・テイラー風が椅子取りゲームを始め、ガーシュウィンとクラシック名曲がせめぎあい、「キャラヴァン」と「ハヴァナギラ」が継ぎ木される。こんなのありか? ポリスタイルで鳴らした当時のガネーリン・トリオとは意図が違うようだ。ゲーム感覚か、あるいは実験か? 面白いことに、何度か大拍手が沸き上がる中で、「ハヴァナギラ」のときのものが一番大きい。 アルペリンはモルドヴァ時代に、生計を立てる必要もあって結婚式などのパーティで演奏する楽団(ラウタール)にしばしば参加したという。結婚式ともなると30時間、40時間続き、わずかな時間の休憩をのぞいて次から次へと曲を演奏しなければならず、知ってる曲も知らない曲も、モルドヴァに関係あろうがなかろうがなんでもとにかく続けた。モルドヴァの結婚式で演奏したラウタールと言えばロマ系が主だが、ドナウ河をいわば命水としたトランシルヴァニア、カルパチア、バルカンに暮した様々な民族の音だけでなく、黒海~地中海を介して交わっていた遠くの民族の音も彼らの演奏に染み付いていることだろう。アルペリンはさらに自身の出自であるジューイッシュの結婚式でもしばしば演奏し、様々な種類のジューイッシュ曲を知っているようだ。 モルドヴァ民謡、その周辺の民謡、ラウタールの音、ジューイッシュの音、そして後天的なクラシック音楽の音、その数々をジャズという坩堝に詰め込んだ初期の頃の演奏が1982年のものとすれば、それが経験と年月を経て発酵し、独特の音を放ち始めたのが、モスクワに移り住んでからの『自画像』の演奏と言えると思う。いくつか収録曲を検分してみよう。「モルドヴァ組曲」でもカルパチア系、バルカン系の多種のフォーク・メロディ、リズム・パターンが使われているが、上記のピアノ・ソロのときのような極端な切り替えやパッチワークのような手法はとらないで、構成感を強めている。ジャズの哀切感が染み込んでくるバラード「ユダヤの歌」の深い味わいはただ事ではない。このタイプの曲調はその後の録音でも何度も出現する。ある部分をとればアルメニア風ないしコミタス風と言いたくなるものもある。「ポリーカ」における切れの良い華麗なリズム変奏は特筆に値する。「自画像」と名付けられた演奏には真に驚かされる。フリー・フォームで密集和音も交えたアブストラクトな乱舞、リリカルなコブシ回しを利かせながらの弾性のあるしなやかな舞曲調を交錯させたのち、優雅におじぎとは...。「ジャズ・マッサージ」もリズムの面白みを主眼とした舞曲調だが、スキャットも交え、左手でピアノ、右手でメロディカを荒々しく奏でもする。もっぱら近年のアルペリンに親しんでいる人には想像しにくい姿だろうと思う。 1980年代後期のこの時期のソ連では、放送などのバラエティ目的のビッグバンド・オーケストラやアメリカン・スタイルのジャズ・サウンドに磨きをかけることをよしとするシーンや、欧米のヒット動向にあやかるシーンをメジャーとする中にも、ペレストロイカの進行に乗ってアヴァンギャルド・シーンも拡大してきていた。レニングラード(サンクトペテルブルクの旧名)でクリョーヒン、ヴィリニュス(リトアニア)でチェカーシン、アルハンゲリスクでレジツキーなどが先頭に立って、フリー・フォームかつポリスタイルかつマルSメディアのパフォーマンスを繰りだして大きな話題になっていた。ソヴィエト時代に創作された新民謡ではなく古来のロシア・フォークロアに題材を求めたジャズが現れたのも新傾向だった。カフカースや中央アジアではイスラム系トラッド・フォークをベースにしたジャズの試みも相次いでいた。モスクワのジャズ・シーンに参入したアルペリンは、ソヴィエト民謡でもなく、いち民族というくくりでもなく、スラヴで括ることもなく、あえていえば南スラヴとその周辺のユーラシア圏におけるフォーク音楽のハイブリッド性を認識し、またその成分を等しくリスペクトし、ジャズとその親和性を確信して交配した。しかも、わざわざ大都会のモスクワでそんな音楽を育みながら、いわば道なき道を進んだことが興味深い。最初に現れた理解者が、ボリショイ劇場のオーケストラで首席フレンチホルン奏者を務めていたアルカージー・シルクロペル(フリューゲルホルンも)である。1989年、二人はデュオを組み、ノルウェーのジャズ祭に出演する日が訪れた。ECMとの出会いがそこに待っていたことはよく知られている(『Wave of Sorrow』)。しかしこのデュオに、古層に埋もれかけていた古いロシア民謡を慈しみ、掘り起こし息を吹き返させることを生き甲斐とするパフォーマー兼研究者のセルゲイ・スタロスティンが加わったトリオ編成(Moscow Art Trio)が生まれ、現在まで芳醇なユーラシア・フォーク・ジャズを継続していることは日本ではあまり記事になっていない。 (当文章は「JAZZ TOKYO」初出)
by jazzbratblog
| 2017-12-13 16:11
| ミーシャ・アルペリン
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